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【共同発表】西日本周辺海域で発生する線状降水帯の支配的メカニズムを提唱~令和3年8月豪雨(戻り梅雨)の水蒸気起源解析から紐解く~(発表主体:九州大学)

○ポイント:
◆令和3年8月豪雨(以下「九州豪雨」)では、令和2年7月豪雨と同様に東シナ海から九州地方へ延びる線状降水帯が発生して深刻な災害をもたらしました。しかし、なぜ線状降水帯が海上で形成されるのか、そのメカニズムは依然として十分に解明されていません。
◆本研究では、水の同位体分別の過程を組み込んだ領域気象モデルによる数値シミュレーションから、線状降水帯で凝結する多量の水蒸気の流入過程を紐解くことで、線状降水帯の発生をトリガーする支配的な力学プロセスを提唱しました。
◆特に梅雨前線帯を東進する低気圧(以下「梅雨前線低気圧」)の発達、その低気圧の詳細な構造の予測精度がないと、線状降水帯の発生予測の精度向上も困難であることが示唆されました。

○概要:
 西日本(特に九州地方)では毎年のように線状降水帯の発生と持続によって甚大な豪雨災害が生じています。線状降水帯は海上から内陸に伸びる事例が多々ありますが、なぜ山岳などの地形がない海上で線状降水帯が局在化して発生するのか、そのメカニズムは依然として十分に解明されていません。本研究で、九州大学大学院理学研究院の川村 隆一 教授、理学府修士課程2年の西村 はるか 大学院生(研究当時)、熊本大学大学院先端科学研究部の一柳 錦平 准教授、東京大学 生産技術研究所の芳村 圭 教授らの研究グループは、同位体領域気象モデルを用いた高解像度数値シミュレーションによって、九州豪雨の要因となった線状降水帯の再現実験を行い、水蒸気起源の情報から線状降水帯の発生をトリガーする支配的な力学プロセスを提唱しました。
 梅雨前線低気圧に捕捉されて流入したアジアモンスーン起源の水蒸気と太平洋高気圧の西縁に沿って流入した水蒸気(太平洋高気圧起源)が重なり合って非常に背の高い湿潤層が形成され、そこで線状降水帯が発生していることがわかりました。なぜ2つの水蒸気起源がマージする領域で線状降水帯が発生するのかについては、大気境界層(※1)過程が重要な鍵となりました。具体的には、太平洋高気圧起源の水蒸気の流入に伴い自由対流高度(※2)が1.5kmより低い領域が北へ拡張する一方、梅雨前線低気圧の南側で水平気圧勾配が急激に緩むためエクマン収束(※3)による上昇流が誘起されます。両者が重なる領域では容易に積雲対流が生じることになります。この力学プロセスが梅雨前線の南方海上で局在化した線状降水帯の発生をトリガーしていることが明らかになりました。これらの知見は豪雨被害を軽減するための線状降水帯の発生予測の精度向上に資することが期待され、特に梅雨前線低気圧の発達や、その詳細な空間構造の精度の高い予測が求められていくことを示唆しています。
 本研究成果は、2024年6月23日(日)に国際学術誌「Atmospheric Research」にオンライン掲載(早期公開)されました。また本研究はJSPS科研費補助金(JP19H05696, JP20H00289, JP24H00369)の助成を受けました。

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【参考図】同位体気象モデルで再現された水蒸気分布(2021年8月12日)。(a) 水蒸気の総量(緑色は50mm以上)。(b) アジアモンスーン起源の水蒸気(薄青色は5mm以上)。(c) 太平洋高気圧起源の水蒸気(薄青色は5mm以上)。

【研究の背景と経緯】
 平成29年 7月九州北部豪雨、平成30年7月西日本豪雨、令和2年7月熊本豪雨に代表されるような甚大な豪雨災害が近年、西日本中心に発生しています。また令和3年8月にも戻り梅雨の状況で九州地方を含む広い範囲で豪雨となりました。個々の積乱雲が発生・消滅を繰り返して入れ替わりながら、積乱雲の集団として線状に組織化され、その降水システムが長時間にわたって停滞する(地理的に固定される)現象、いわゆる線状降水帯が発生すると、特に甚大な災害がもたらされます。気象庁で発表される線状降水帯情報は積算降水量分布の幾何学的な形状などで定義されているため、様々な環境場で発生する線状降水帯が存在する一方、見かけ上そのように見える現象もあります。科学的見地に立って多種多様な線状降水帯の全容把握を進める必要があります。
 西日本(特に九州)で発生する線状降水帯は海上から内陸に延びる事例が多々ありますが、なぜ山岳などの地形がない海上で線状降水帯が局在化して発生するのか、その発生の引き金となる支配的なメカニズムは依然として十分に解明されていません。

【研究の内容と成果】
 本研究では、線状降水帯に流入する水蒸気の起源解析に基づいて、上記のメカニズム解明を目指しました。研究対象としたのは、戻り梅雨の典型例である令和3年8月中旬の九州地方を襲った豪雨です。 九州地方への多量の水蒸気流入によって豪雨災害がもたらされたという点では、平成24年7月九州北部豪雨、令和2年7月熊本豪雨と並んで典型的な豪雨事例であり、東シナ海上から線状降水帯が九州へ延びていた特徴も類似しています。また、水の同位体分別の過程を組み込んだ同位体領域気象モデル(IsoRSM)を用いた水平解像度3 kmの高解像度シミュレーションを実施し、九州豪雨をもたらした線状降水帯の再現を試みると共に、その水蒸気起源の解析を行いました。主な結果は以下の通りです。

 (i) 九州豪雨発生時には、東進する梅雨前線低気圧と太平洋高気圧との間で水平気圧勾配が梅雨前線の南方海上で強化され、その近傍で線状降水帯が発生していました。降水帯付近では、梅雨前線低気圧に捕捉されたアジアモンスーン起源の水蒸気と太平洋高気圧の西縁に沿って流入した太平洋高気圧起源の水蒸気がマージすることで、海面から対流圏中層に達する深い湿潤層が形成され、極端に大気が不安定な状態になっていることがわかりました(参考図及び図3参照)。このような特徴は令和2年7月熊本豪雨を調査したLi et al. (2023) でも示されており、線状降水帯が発生する背景場として典型例であると考えられます。
 (ii) 深い湿潤層の海域は広範囲にわたるため、2つの水蒸気起源のマージだけでは局在化して発生する線状降水帯を説明できません。太平洋高気圧起源の水蒸気が大気境界層1)経由で流入してくると、対応して自由対流高度2)が1.5km以下に低下し、その北端で線状降水帯が形成されます(図1)。一方、線状降水帯以北では水平気圧勾配が急激に緩むため、大気境界層で水平収束(エクマン収束)が生じて弱い上昇流(upwelling)が誘起されます(図2)。自由対流高度の低下とupwellingが重なる領域で線状降水帯が形成されることが明らかになりました。
 (iii)見積もられたupwellingは弱いものですが、空気塊を数時間で数100m上昇させることができます。自由対流高度が1.5kmより低くなっている状況下では容易に対流不安定を解消できます。つまり、持続的なupwellingが対流不安定を解消するトリガーとなり、結果的に線状降水帯の形成をもたらしていることが見出されました。梅雨前線低気圧と太平洋高気圧との間の強い水平気圧勾配の下で、2つの水蒸気起源のマージが持続して、線状降水帯の更なる強化に寄与しています(図3)。

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図1 日平均の自由対流高度(LFC)の空間分布図。水蒸気の凝結量が10 mm h-1を超える領域を赤線で囲んでおり線状降水帯に対応している。(a)は2021年8月12日の分布図。(b) 8月13日の分布図。世界標準時に基づく。

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図2 水平収束(エクマン収束)によって見積もられる上昇流(upwelling)の空間分布図。ここで上昇流は正の値である。水蒸気の凝結量が10 mm h-1を超える領域を赤線で囲んでおり線状降水帯に対応している。(a)は2021年8月12日の分布図。(b) 8月13日の分布図。

【今後の展開】
 今回注目した事例は九州豪雨でしたが、本研究の結果から、西日本の四国地方や近畿、東海地方の近海でも同様なメカニズムで線状降水帯が発生している可能性が高いと考えられます。線状降水帯による降水量の予測精度の向上のためには、降水帯に流入するアジアモンスーン起源と太平洋高気圧起源の水蒸気の正確な把握が必要になるのはもちろんのこと、水平気圧勾配を強める梅雨前線低気圧と太平洋高気圧の動向も大変重要です。特に梅雨前線低気圧の発達や、その詳細な空間構造の精度の高い予測が求められます。
 また、前述したように豪雨をもたらす線状降水帯の特徴には著しい多様性があります。たとえば、平成29年九州北部豪雨は内陸部で線状降水帯が発生し福岡県朝倉市中心に甚大な被害をもたらしましたが、先行研究と比較すると、本研究で示した降水帯の形成メカニズムとは明らかに異なっています。豪雨災害の軽減のために線状降水帯の普遍的な理解をさらに進めていきたいと考えています。

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図3 線状降水帯(Qusai-Stationary Convective Band: QSCB)が発生するメカニズムを説明する模式図。細い実線は等圧線で、BFDは梅雨前線低気圧、NPSHは太平洋高気圧を指している。(a)アジアモンスーン起源(橙色)と太平洋高気圧起源(薄青色)の水蒸気が重なり合う領域でQSCBが形成される。(b)BFDとNPSHに挟まれて水平気圧勾配が強まり強風域(薄紫色)が形成される一方、BFDの中心に向かって気圧勾配が緩むため風速が弱化して(薄緑色)、水平収束(エクマン収束)が生じている領域でQSCBが形成されている。複数のQSCBが集団を構成して、さらに空間規模の大きい降水帯を形成するという階層構造をもっている。

【用語解説】
(※1)大気境界層
 地表面(海面)から高度1kmぐらいまでの大気層で、地表面(海面)の摩擦の影響や地表面(海面)からの熱・水蒸気供給の影響を強く受ける層です。大気境界層の上は自由大気と呼ばれています。

(※2) 自由対流高度
 強制的に地表面付近の空気塊を上昇させたときに空気塊の温度が周囲の気温(環境温度)を超えると、空気塊が浮力を得て(強制しなくても)上昇していきます。両者の温度が一致する高度を自由対流高度(Level of Free Convection: LFC)と呼んでいます。

(※3) エクマン収束
 地球の自転によって発達する大気境界層(正確にはエクマン境界層)では、地表面(海面)の摩擦の影響で摩擦収束が生じます。その収束をエクマン収束と呼んでいます。

【謝辞】
本研究はJSPS科研費補助金(JP19H05696,JP20H00289, JP24H00369)の助成を受けて行われました。

○論文情報:
〈雑誌名〉Atmospheric Research
〈題名〉A triggering mechanism of quasi-stationary convective bands in the vicinity of southwestern Japan during the summer season as deduced from moisture origins
〈著者名〉Haruka Nishimura, Ryuichi Kawamura, Xiaoyang Li, Tetsuya Kawano, Takashi Mochizuki, Kimpei Ichiyanagi, Kei Yoshimura
〈DOI〉10.1016/j.atmosres.2024.107544

○問い合わせ先:
九州大学大学院理学研究院 
教授 川村 隆一(かわむら りゅういち)
TEL:092-802-4233
E-mail:kawamura.ryuichi.130(末尾に"@m.kyushu-u.ac.jp"をつけてください)

(報道に関すること)
九州大学 広報課
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東京大学 生産技術研究所 広報室
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