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令和7年 所長年頭挨拶

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 新年明けましておめでとうございます。

 ヘビの体のどこからどこまでが首かという生物学的な問いには大変興味をそそられますが、何のためにあの細長い形になったのかを問うても意味はありません。狭いところに入り込むためではなく、たまたまあの形になってしまう遺伝子変異が発現して、結果的にそれが生存に適していただけのこと。全身に筋肉が分布したおかげで瞬発力が高まり、手足がなくても獲物を捕まえやすくなった...のかも。キリンの首もゾウの鼻も、目的達成のために長くなったのではないはず。いま見えている自然界の姿はあまりにも合理的なので、なんらかの目的や創造主の意思をもって説明したくなります。しかし、そこはオッカムの剃刀、自然淘汰の説明に目的や意思を仮定する必要はありません。単に環境に適応した偶然の結果がすべてです。うまくいかなかった変異は消え去りました。

 一方、人間界に目を向けると、いまごろ多くの大学が、いわゆる10兆円ファンドの運用益を財源にした文部科学省の新事業、国際卓越研究大学制度1) への認定申請作業で慌ただしくしていることでしょう。新しいカテゴリーの大学としてこれに採択されれば、年間百億円超の資金が今後25 年間にわたって配分されるという期待感もあり、大学としてはここが頑張りどころです。しかし、何事もタダで得られるものはなし。この環境変化の下で、大学組織に「変化のためにする変化」が生じそうです。

 平成25 年(2010 年)に策定された文部科学省国立大学改革プランには、「今後10 年で世界大学ランキングトップ100 に10 校ランクイン」という目標が掲げられました2,3)。これを受けて2014 年度から2023 年度に掛けて、スーパーグローバル大学創成支援事業が実施されました4)。ところが10 年経った現在、THE 大学ランキング2025 の上位100 にランクインした我が国の大学はわずか2校5)。QS 世界大学ランキング2025の上位100 に入るのは4 校のみ6)。当初の目標は達成されていません。

 これに危機感と罪悪感を抱かない大学関係者はいないと思います。しかしながら、運営費交付金が毎年1%ずつ10 年以上にわたって削減されるという環境変化に対して、大学が適応しつつある過程がこれだとしたら?人手不足のなか研究時間を削りながら大学運営にコミットし、研究資金を集め、国内外のトップ研究者に伍して国際会議の論文採択数を競い合う。大抵の大学研究者はそのように努力しているでしょうし、若手研究者にしわ寄せが及ばないように人員ポストのやり繰りに苦労しつつも、地道な研究から新たな価値の創造に努めているはず。それでも間に合わずに貧乏暇なし、貧すれば鈍する状態に陥っているのではないでしょうか。予算を減らして良い研究論文が増えるくらいなら、さらに予算を減らせばよい。でもそんなはずはないので、本音を言うと少しでも元に戻して頂きたいところです。

 しかしそれでは大学の体質は変わらない、あの国のあの大学には勝てない、予算なら自分で取ってこい、ということで巨大隕石のような衝撃を与えようとするのが今回の国際卓越研究大学制度なのでしょう。大型予算の配分を受けるには、組織運営を少しずつ改善してきた努力とはまた別に、劇的な改善効果をスポンサーに約束してみせる必要があります。その変化が合理的であればよいのですが、予算取りのために頑張りすぎると人間の学習速度や人材の供給速度、モノの移動速度等の自然の摂理から逸脱しかねません。それに、ある程度状態のよいものに対して良かれと思って手を入れると、かえって生産性が下がることもあります。例えば、特に不満もなく動いていたパソコンのOS をアップデートした途端に不具合が生じて、あぁやめておけばよかった、と思うあれです。

 それでも、古いパソコンはいつかは戦力外通告を受けます。大学も同じく、ずっとそこに留まっていれば相対的に沈みます。当座の善し悪しに関わらず変化のためにあえて変化を試みるのがホモ・サピエンスなのでしょう。げんに、あたらしもの好きが寄って集って、このように自然を凌駕した文明を作り上げました。

 さて今回の環境変化がもたらすものは華麗に羽化したチョウか、あるいは脱皮してちょっと大きくなったヘビか、ひょっとすると奇妙奇天烈な形に進化したバージェス動物群か、これからの大学版社会実験の動向にご注目ください。

生産技術研究所 所長
年吉 洋

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